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広島高等裁判所 昭和56年(う)8号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入する。

理由

〈前略〉

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、「原判決は原判示第一、第二、第四、第六、第八の各事実について、被告人に有価証券偽造、同行使、詐欺の各罪の成立を認めたが、被告人は原判示会社取締役総務部長として、同会社社長平井哲に代わり会社の運営全般にわたり広い権限を有し、とりわけ小切手の作成については、単なる補助者と異なり自らの判断により、自由に小切手を振り出す裁量的な権限を有していたのであるから、たとえ、右権限を濫用して私用のため小切手を作成したとしても、右の各罪は成立しないと解すべきであり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。」というのである。

そこで、本件記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、関係証拠特に永田弘敏の昭和五五年七月五日付司法警察員に対する供述調書、平井哲の司法警察員(同年六月一九日付、同年七月一五日付六丁のもの)及び検察官に対する各供述調書、証人平井哲の当審公判廷における供述、被告人の原審及び当審公判廷における供述によれば、次の事実が認められる。

一  被告人は、昭和四三年二月八日広島ダイヤディーゼル株式会社(広島市所在、船舶用ディーゼルエンジン等機械機器の卸小売業など)設立と同時に同会社の取締役総務部長となり、同五五年六月本件犯行の発覚を恐れて所在をくらますまでその職にあつた(その間、同五二年一月から同五四年六月まで営業部長兼務)こと、

二  同会社は総務部及び営業部の二か部を設けて営業し、被告人は総務部長として総務部の担当する会計、経理関係の事務全般を掌理する地位にあり、同会社の資金計画の策定、銀行との交渉、契約、支払の決裁とそれに伴う当座小切手の振出し、会社の預貯金等会社財産の管理の業務に従事していたもので、代表取締役社長寺西守が同四六年三月六日死亡した後は、同会社の親会社である三愛物産株式会社(本社名古屋市所在)の取締役深見本也、同松永宏、同平井哲が相次いで広島ダイヤディーゼルの代表取締役社長を兼務するようになり、右深見らはいずれも広島には居住せず、一か月のうち数日しか同会社に出勤しなかつたこと、被告人が一時営業部長を兼務したことなどから、被告人は事実上社長代行として同会社の業務全般を統括するようになつたこと、

三  被告人の同会社内における権限のうち、小切手振出及び支払の決裁の点については、同五二年六月二〇日平井哲の同会社代表取締役社長就任以後は、平井が不在のときには(同人が同会社に出勤するのは一か月のうち一週間程度)、被告人が事実上の社長代行として支払いに関する会社業務について決裁し、その際社長代行又は社長代理と刻したスタンプ印を決裁文書に押捺することが黙認されており、同会社の約束手形、小切手の振出しは、いずれも広島ダイヤディーゼル株式会社代表取締役平井哲名義で行うが、約束手形については、その振出し手続を平井自ら行い、そのため必要な会社実印(印鑑登録をしている代表取締役印)は平井が保管していたのに対し、小切手については、その振出しに必要な銀行届出印(当座取引用の代表取締役印)、会社ゴム印、小切手帳は被告人が保管し、被告人の判断により自由に振り出すことが容認されており、被告人が行う小切手振出しについては、同会社の業務運営に必要な限り、その使途、金額の制限はなく、被告人の裁量に委ねられ、平井に対しては毎月末に小切手振出し状況の事後報告を行うに過ぎなかつたこと、

四  被告人の原判示の各犯行は、いずれも、親交のあつたホステス山根初美との遊興費や同女に対する贈り物の代金及びこれらのため費消した同会社資金の穴埋めその他私的な用途にあてるためになされていること、

右の事実関係については検察官及び弁護人ともに争いがないところである。

以上の事実に照らすと、被告人は法律上当然に同会社の小切手を振り出す権限を有するわけではないが、自己の裁量に基づきその一存で自ら保管する当座取引用の同会社の代表取締役の印章を使用して、その名義の小切手を振り出す権限を同会社代表取締役平井哲より委譲されていたものであり、右の権限の行使については、会社の業務運営のためである限り、その使途、金額などについての制約はないのであるから、被告人の右小切手作成の権限は一般的包括的なものといつてよく、検察官のいうように個別的具体的に小切手振出しの権限が授権されたものとみることはできない。検察官が援用する大審院大正一三年五月一五日判決、刑集三巻五号四一〇頁、大審院昭和一八年三月三一日判決、法律新聞四八三七号一〇頁、東京高等裁判所昭和三二年七月三〇日判決、高等裁判所刑事裁判特報四巻一四・一五号三七四頁は、いずれも本件と事案を異にし適切ではない。してみると、被告人は、同会社作成名義の小切手を振り出す一般的、包括的権限を濫用して原判示第一、第二、第四、第六、第八の各小切手を振り出したものであつて、このような場合、被告人が業務上保管する同会社の支払銀行に預託されている小切手資金(当座預金)につき、業務上横領罪が成立することはあつても、被告人について有価証券偽造、同行使、詐欺の各罪は成立する余地はないものと解すべきである。したがつて、原判決は右各小切手について被告人に対し、右各罪の成立を認めた点において誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであつて、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は右有価証券偽造、同行使、詐欺の罪を、その余の業務上横領罪(原判示第三、第五、第七の各罪)との刑法四五条前段の併合罪として、併合加重のうえ一個の刑をもつて処断しているから、原判決は結局全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、控訴趣意第二点(量刑不当の主張)に対する判断は後に自判する際に譲り、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄する。なお、原判示第一、第二、第四、第六、第八の公訴事実については訴訟記録及び原審において取り調べた証拠により、業務上横領罪として直ちに判決をすることができるものと認められるから同法四〇〇条但書により(但し、原判示第一、第二、第四、第六、第八の公訴事実については当審において予備的に変更された訴因に基づき)、当裁判所において更に自ら次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示冒頭部分を「被告人は昭和四三年二月八日ころから広島市南区宇品海岸二丁目一二番二三号所在広島ダイヤディーゼル株式会社に取締役総務部長として勤務し、同会社の小切手の振出し、現金及び預貯金の保管、管理等の業務に従事していたものであるが、」と訂正し、原判示第一、第二、第四、第六、第八を次のとおり訂正するほかは原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一 昭和五五年四月二九日ころ広島市中区本通四番六号所在時計宝石商永井敏方店舗において、同人に対し、自己の時計代金支払いにあてるため、ほしいままに同会社代表取締役平井哲名義で振出した額面五〇万円小切手一通を交付し、そのころ右永井らをして同区紙屋町一丁目三番八号株式会社広島銀行本店(以下株式会社の文字省略)に同小切手を振り込ませ、同銀行に所要の手続をとらせたうえ、同年五月一日被告人が業務上保管する同会社の株式会社福徳相互銀行広島支店(以下株式会社の文字省略)当座預金口座から右永井の広島銀行本店当座預金口座に五〇万円を入金させて横領し、

第二 同年六月二日ころ同市南区金屋町二番一七号福徳相互銀行広島支店において、自己の用途にあてるため、ほしいままに前記平井哲名義で振り出した小切手一通(額面五〇万円)を呈示提出し、被告人が業務上保管する同会社の当座預金口座から現金五〇万円の換金を受けて横領し、

第四 別表(二)〈省略〉記載のとおり、昭和五四年六月二日ころから同年九月一一日ころまでの間、前後七回にわたり、同区宇品神田五丁目六番一八号株式会社広島相互銀行宇品支店仮店舗(以下株式会社の文字省略)ほか一か所において、自己の用途にあてるため、ほしいままに、同会社代表取締役平井哲名義で振り出した小切手七通(額面合計七三二万円)を呈示提出し、被告人が業務上保管する同会社の当座預金口座から現金合計七三二万円の換金を受けて横領し、

第六 別表(五)〈省略〉記載のとおり、同年一〇月五日ころから同年一二月一〇日ころまでの間前後四回にわたり、同区宇品御幸五丁目一番一号広島相互銀行宇品支店ほか一か所において、自己の用途にあてるため、ほしいままに、同会社代表取締役平井哲名義で振り出した小切手四通(額面合計三〇〇万円)を呈示提出し、被告人が業務上保管する同会社の当座預金口座から現金合計三〇〇万円の換金を受けて横領し、

第八 別表(七)〈省略〉記載のとおり昭和五五年一月一九日ころから同年五月二四日ころまでの間前後一〇回にわたり、前記広島相互銀行宇品支店ほか一か所において、自己の用途にあてるために、ほしいままに、同会社代表取締役平井哲名義で振り出した小切手一〇通(額面合計六四八万円)を呈示提出し、被告人が業務上保管する同会社の当座預金口座から現金合計六四八万円の換金を受けて横領し、

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)〈省略〉

よつて、主文のとおり判決する。

(石橋浩二 竹重誠夫 堀内信明)

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